大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)657号 判決 1967年9月12日
控訴人 奈良吉川産業株式会社
被控訴人 三益織物株式会社
主文
原判決を取り消す。
被控訴人が、訴外吉川産業株式会社に対する大阪地方裁判所昭和三六年(ヨ)第三五五号仮差押申請事件の仮差押決定に基づいて、別紙目録記載の織機登録権に対し仮差押の執行をすることを許さない。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
控訴代理人の当審における事実上及び法律上の主張並びに証拠の提出認否は、
原判決請求の原因第三項(2) の「別紙目録記載織機」との記載(原判決二枚目裏一一行目)から同項末尾(同二枚目裏最終行)までの記載を、「右登録権は織機所有権の一内容をなしており、したがつて、登録権を差し押える行為は織機の所有権そのものを差し押えるものである。即ち、本件登録権は、原判決も認定したとおり、事実上の利益乃至対物的行政処分であつて、未だ差押の客体となることができる財産権ではなく、織機の所有権に包含され織機所有権から派生する利益であるから、右登録権を差し押えることはとりもなおさず織機所有権そのものの差押執行であると云わなければならない。
控訴人は昭和三五年三月一日訴外吉川産業株式会社より本件織機を前記(原判決事実(二)(1) )工場財団に含まれたものとして買い受け、これによつて右織機に附属するものとしてその登録権を取得し、織機については同月二二日その所有権移転登記を受けその対抗要件を具備したから、その従物である登録権についても、第三者に対抗する要件を具えたものである。それ故に、被控訴人は訴外会社に対する債権に基づいて右登録権に対し仮差押の執行をすることはできない。」と訂正附加し、
証拠<省略>………
たほか、原判決事実摘示欄の記載と同一であるのでこれをここに引用する。
被控訴代理人は、答弁として、
「請求の原因第一、二項記載の事実は認めるが、その余の事実は否認する。控訴人が『織機登録権』を綿スフ織物調整規則に基づく行政上の取締行為による反射的利益に過ぎぬ旨を主張し、織機なる有体動産とこの機械が所定の行政上の条件と手続を完了することに依つて生ずる『公法上の一種の権利』とを混同して不可分一体のものと観念しているのは、いずれも誤りである。この点原判決も同一の誤りを犯している。『織機登録権』は織機とは離れた独立的権利であり、それは財産権の一種で差押の客体たり得るものである。被控訴人は右織機登録権を無体財産権の一種と主張する。仮りに然らずとすれば、『政府の一定の保護乃至行為を要求し得てその結果生ずる一定の利益を内容とする財産的価値ある権利』であると主張する。それは単なる観念的存在で無くして今日現実に国内各層各方面に於いて取引の対象となつていて、且つ常に標準価格存在し、相場的に変動してをり、また金融界及び織物界その他に於いて定型的に担保となり広く売買されているのが公知の厳たる事実であるから、若し本件訴訟に於いてこれを否定さるるにおいては全国的に衝撃を与え且つ重大なる財産的支障を生じ混乱その止まるところを知らぬ損害と不安を惹起することは必至であるから、裁判所に対しその画期的明断を求める。」と述べ、
立証<省略>……ほか、
原判決事実欄の被控訴人の証拠の援用認否の記載と同一の援用認否をしたのでこれをここに引用する。
理由
一、控訴人の主張事実中請求原因第一、二項記載の事実については当事者間に争いがない。
二、そこで、いわゆる「織機登録権」の法律上の性質について判断するに、この点についての当裁判所の見解は、原判決四枚目表九行目以下同六枚目表一〇行目「勿論である。」までの記載に、つぎのとおりの訂正追加をするほか、その余の部分は同一であるので、これをこゝに引用する。
(1) 原判決四枚目裏四行目「を行のための要件」とある記載を「を行うための要件」と訂正し、
(2) 同四枚目裏七行目「中小企業者等が」との記載以下同一一行目「又なるおそれがある等の場合に、」との記載までを、「中小企業者等の過度の競争を抑制しその事業活動の不安を除去するために、商工組合はその組合員の、主務大臣は特定の要件が具備している場合に商工組合連合会の地域内において資格事業(同法第八条第二項参照)を行なう非組合員の、資格事業に係る」と訂正し、
(3) 原判決五枚目裏三行目「発生せしめるものではない。」との記載の次に、「被控訴人は、『織機登録権』は織機とは離れた独立の権利であり、現実にも国内各方面で織機から切り離して独立の取引対象になつていると主張する。しかしながら、右に述べたように『織機登録権』と云う独立の権利は認められない。本件の当事者等が右の名称で呼んでいるのは、織機の登録がある事業者がその織機を制限織物の製造に使用することができる地位のことであつて、このような織機の使用権はその織機の所有権、賃借権その他織機に対する物権又は債権の本来の内容そのものの一態様であつて、織機の登録があるために行政法規又は行政処分による織機の一般的使用の禁止又は制限から解き放たれ、これら所有権等の本来の姿における権利内容を支障なく行使できる関係にあるだけのことで、織機の登録をすることによつてその織機についての所有権その他の権利の内容に含まれない別個独立の権利が創設付与されるのではないことは、右登録制度に関する前記法律及び規則の各規定の趣旨に徴し明白である。」と挿入追加する。
(4) 同五行目「供述するが、」とあるのを「供述し、」と訂正し、同六枚目表四行目の「推認される。」との記載の終止符を取除いてその下に、「けれども、いわゆる『織機登録権』の前記法律上の性質によれば、織機から切り離された『織機登録権』のみをその権利者から譲り受けた者は、織機が事実上既に滅失している場合を除いて前記規則第一一条第一項により旧織機の廃棄又は滅失の届出をして同第六条第二項により新織機について従前の区分の登録を受けるまでは、その譲渡人に対する関係で右届出登録等の手続に協力すべき旨を要求することができる債権を有するだけで、右手続完了前に織機の所有者からその譲渡又は賃貸を受けて事業者の地位を承継した者に対する関係では、たとえその者がその旨の登録変更手続(規則第一〇条第三項参照)を受ける前であつても、右『織機登録権』を譲り受けたことを主張することができないし、このような第三者に対する関係では、第三者が旧織機の所有権を取得した後において前記旧織機の廃棄又は滅失の届出及び新織機についての従前の区分の登録を受けても新織機について前記規則第九条による地位の承継をすることはできないわけであるから、現実の取引慣行上いわゆる『織機登録権』が織機から切り離して別個独立に取引対象となつたことが度々あつたとしても、そのことによつて右『織機登録権』なるものが織機についての所有権その他の権利とは別個独立の権利になつたと云うことはできない。」と挿入追加する。
(5) 同六枚目表八、九行目に、「これは登録とは別個の登録に伴う反射的事実的利益であつて」とあるを「これは登録目身の内容とは別個の、登録に伴う反射的な事実上の利益であつて」と訂正する。
三、次に、右のいわゆる「織機登録権」を執行対象として仮差押決定又はその執行をすることができるかどうか、及び、このような仮差押決定に対する不服申立の方法としては通常どのような方法があるかについて判断するに、仮差押決定は将来の金銭執行を保全することを目的とする裁判であるから、その執行対象は、右制度の目的から当然に、法律的に債務者の支配に属する金銭的価値を有する有体無体の財産であつてしかも法律上換価可能なものでなければならないところ、他の権利に従属する事実上の利益を右権利から分離して執行の目的としている仮差押決定は、右利益のみを差押える差押方法を缺く点においてその本来の性質上執行不能なものであり、右利益のみを換価しようとしても第三者との関係では原則として右利益の法律上有効な移転をもたらすことができない点において法律上執行目的物の換価不能と云うほかなく、その内容において違法な仮差押決定であると云わねばならない。本件のいわゆる「織機登録権」は、前述したとおり、織機の登録を受けた事業者がその登録によつて反射的に受ける事実上の利益に過ぎず、織機の所有権又は賃借権等から独立した別個の権利ではない(織機登録に関する前記法律及び規則を精査しても、いわゆる「織機登録権」のみを織機所有権から分離して担保に供し又はこれを差し押えることができると解することができる規定は見当らない。また、右「織機登録権」のみを換価する契約をしても、契約当事者間の債権関係を生ずるだけで織機の登録を受けた事業者の地位の承継の効果を生じないことは既に述べたとおりである)から、いわゆる「織機登録権」のみを織機の所有権又は賃借権等から分離して仮差押執行の対象としている本件の仮差押決定は、その内容において違法な仮差押決定であることは明らかである。
仮差押決定は、通常、債権者に被保全権利及び保全の必要があることに基づいて発する仮差押命令と、その具体的な執行方法として法律上債務者の支配に属する特定の物又は財産権を仮りに差し押えるべき旨を命ずる執行裁判とが、不可分に結合した決定であつて、その執行裁判に当る部分に違法があることを理由とする不服の申立は、それが債務者の支配に属する責任財産以外のものを執行目的としていることを理由とするものであるときは、右執行目的物が自分の支配に属することを主張する者から第三者異議の訴を提起することができるが、それ以外のことを理由とするときは、右仮差押手続において仮差押決定前に審尋を受けた当事者からこれを申立てるときは即時抗告の申立を為すべきであり、右審尋を受けない当事者及び利害関係人からこれを申し立てるときは執行方法に関する異議の申立を為すべきものである、成立に争いがない甲第四号証(本件仮差押決定に対する執行方法に関する異議申立事件の申立を却下する決定の正本)中の法律上の見解は、本件の仮差押決定が執行目的物の指定と云う執行裁判を含むものであることを否定するものであつて、当裁判所の見解と異なるので採用できない。
本件において控訴人が第三者異議の訴の原因として主張するところを要約すれば、「本件の『織機登録権』は控訴人の支配圏内に属し、債務者である訴外吉川産業株式会社には属していないので、右訴外会社を債務者とする本件仮差押決定に基づいて右織機登録権に対し仮差押の執行をすることは許されない。」と云うのであるところ、前述したように、右「織機登録権」は権利ではなく事実上の利益にすぎないので、これを仮差押の執行目的物とすることができないものであるのに、本件仮差押決定は誤つてこれを仮差押の目的物と指定しているのであるから、本件第三者異議の訴の実質について審理するに先立つ問題として、(1) 仮差押決定中でその執行目的物として指定されている対象が、権利ではなく事実上の利益にすぎない場合においても、右利益が自分の支配圏内に属することを主張する者は第三者異議の申立をすることができるか。(2) 右の場合に、前述したように、本件仮差押決定については、これに対する執行方法に関する異議の申立をすることにより右決定の取消しを受けることができるみちが開かれているが(前記甲第四号証の決定は右救済を与えることを拒否し、右決定は既に確定しているけれども、右決定の法律上の見解は、この点についての裁判の実務上の多数説に反するものであり、当裁判所もこれに賛同しないことは既に述べたとおりである。)、第三者異議の訴をも提起することができるかどうかについて判断することが必要である。
民訴法第五四九条第一項前段は第三者異議の訴の異議原因として、「第三者が強制執行の目的物に付き所有権を主張しその他目的物の譲渡若くは引渡を妨ぐる権利を主張するとき」と規定しているが、結局、「目的物に対する自己の権利行使が侵害され、しかもその権利の性質上債権者に対しこのような侵害を忍受する理由がないために、自分との関係では目的物が執行債権の実現資料に供し得ないものであることを主張するとき」の意味であるから、執行によつて右第三者の権利そのものが滅失毀損する危険はなくてもその権利の行使が事実上障害される場合にはその権利が債権者に対抗し得るものである限り、第三者異議の訴により違法な強制執行からの救済を求めることができると解するのが相当である。したがつて、裁判所が法律上第三者の権利圏内にある事実上の経済的利益(以下、権利内容の一態様であるもの及び権利から派生しそれ故に権利者に帰属するものを「権利圏内にある」と表現する。)を執行債務者の権利圏内にあるものと誤解してこれを目的物とする仮差押決定をした場合には、たとえ右経済的利益が仮差押の執行目的物とすることができないものであるために右仮差押決定が違法なものであつても、右決定は当然無効ではなく、その取消しがあるまで一応有効な裁判として存続するし、また、たとえ右仮差押決定が執行不能であつても、右決定の存在自体によつて右経済的利益を法律上享受することができる者に対して有形無形の損害を及ぼす危険があるから(原審証人中島正二の証言によれば現に本件登録名義の変更手続が本件仮差押のため阻止されている事実が認められる。)、右経済的利益を内容とする権利又はこれを派生せしめた基本たる権利の権利者は、右権利をもつて仮差押債権者に対抗することができる限り、右仮差押の執行により自分の権利の行使が事実上阻害される危険があるから、右仮差押決定に対して第三者異議の訴を提起するにつき前記法条所定の異議原因があると云うことができる。そして、同一の強制執行に関し、同一の第三者につき、利害関係人として執行方法に関する異議申立をする原因と、前記法条所定の第三者異議の訴の異議原因とが併存する場合には、右両不服申立方法の併存を許してはならない理由はないから、別段の理由がない限り、右両不服申立方法のうちいずれの方法によつて不服を申立てるかは、右第三者の自由であると云うことができる。
本件の場合、本件仮差押決定に執行目的物として表示されている「織機登録権」の各登録織機が控訴人の所有であることは当事者間に争いがなく、控訴人が右各織機の所有権をもつて被控訴人に対抗することができない事由の存在することは被控訴人において主張も立証もせず、却つて右所有権を以つて被控訴人に対抗できること後出の通りであるから、控訴人は被控訴人に対抗することができる右各織機の所有権を有していると認めることができるところ、前記織機の登録に関する法律及び規則の各規定の解釈によれば、本件各織機の登録によりこれを使用して制限織物を製造することができる事業者の地位は右織機の所有者である控訴人に帰属していると解するが相当である。弁論の全趣旨によれば本件織機の登録が現在においてもその前所有者である訴外吉川産業株式会社の名義のまゝであることは当事者間に争いがないものと認められるけれども、登録織機の所有権の帰属が前認定のとおりである以上、前記法規の解釈上、右登録による事業者の地位が訴外会社の権利圏内にあるものであることは認められない。そうすれば、被控訴人を仮差押債権者、右訴外会社を同債務者、執行目的物を右「織機登録権」とする本件仮差押決定は、結局控訴人の権利圏内にある織機登録によるその織機を制限織物の製造に使用できる事業者の地位(本件織機を含む工場財団につき控訴人への移転登記のなされたことは当事者間に争なく、登録上の利益は織機の所有権から独立するものではないから登録名義の変更なくとも控訴人は織機の所有権に基づきこの地位を第三者に対抗することができる。)を右訴外会社の権利圏内にあるものと誤認してこれを仮差押の執行目的物に指定したのであつて、その執行により控訴人の本件各織機の所有権の行使を事実上阻害するものである(このような仮差押決定があれば織機の価額を低下させその譲渡及び担保としての利用を困難にするばかりでなく、新織機との転換を不可能にする。)から、控訴人は本件仮差押決定に対し第三者異議の訴を提起することができると解するのが相当である。もつとも、本件のいわゆる「織機登録権」のような差押の執行も換価も不能な事実上の利益を執行目的物とする仮差押決定は違法なものであつて債務者又は利害関係人からこれに対する執行方法に関する異議の申立があれば当然取り消されるべきものであるけれども、そのことは控訴人が本件仮差押決定に対し第三者異議の訴を提起する妨げにならないことは、既に説明したとおりである。
四、よつて、原判決を取り消し、控訴人の本件異議は正当としてこれを認容すべく、民訴法第三八六条第九六条第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 宅間達彦 長瀬清澄 古崎慶長)